スタートアップという金融商品になるということ

※急に思いついて雑に書きました。これが自分の根本的哲学でもないけど、比較的この視点を強く持ってる方なのかもしれない。

スタートアップとはなんなのだろうか。
小さくて、スピード感があって。成長なんて言葉もよく聞く。

だが、見方を変えると「金融商品」であることも事実だろう。
スタートアップは、ベンチャーキャピタルから出資を受け、企業価値向上に加えてイグジットをすることで、その投資家にリターンを返す。
そのベンチャーキャピタル自体も、公的機関や民間、個人等をLPに抱えて運用する「金融機関」である。

その意味では、世界中のあふれたお金の運用先として、
ゴールドや不動産、上場株や債券。
そういった類に僕たちスタートアップがいるということもいえる。

スタートアップは、小さくて、スピード感があって、成長もできる。
それは確かに事実だが、スタートアップとは「ビジネスモデル」だ。

個社の成長はもちろん重要であり、将来的なFCFの創出は重要である。しかし、その観点だけではなく、「いくらで抜けるか」は避けては通れないフローなのである。
「いくらで抜けるか」の視点には、その投資家がどのようなリターンを描いているのかによって大きく左右される。
「ポートフォリオのうち50%がイグジットしてそれぞれが6倍になるモデル」
「ポートフォリオのうち10%がイグジットしてそれぞれが30倍になるモデル」
「ポートフォリオのうち、1社もイグジットしないが、投資業以外でのシナジーがあって回収できるモデル」

つまり、スタートアップは「個社の絶対的成長」だけではなく、その投資家のモデルによって、その成否が分かれる側面も否定できない。

この話をすると、「スタートアップ側はそれを気にする必要はない。投資家が考えることだから。」という意見も出てくることがある。
だが、利害の一致のためには必要不可欠だし、この観点を無視して進めた先にコンフリクトが起こることは想像できる。

スタートアップ側も「己が金融商品である」という認識を持つことは、
少なからず「なぜ投資家がこんな主張をするのか」を理解する上ではポジティブに働くと思う。
さらに言えば、スタートアップに求められる成長は「スタートアップというビジネスモデルを選んでいるから」である。
それは、従業員への影響も少ない観点であり、スタートアップというビジネスモデルを選んでいる企業において、故の負担があり、故のメリットもあるということを伝えるのは重要だと私は考えている。

今、スタートアップの定義や成長確度、プレイスタイルが変わりつつある。それはマーケットの現状を踏まえたお金の流れであり、債券や不動産などのアセットと比較されたときのスタートアップの価値の再定義でもある。
金融商品としてのスタートアップ(Capital Gain)である自分たちを見たときに、取るべき意思決定は、「事業家」としてのスタートアップ(将来のFCF≒Income Gain)とは少し異なる場合もあるだろう。

だが、スタートアップが金融商品として投資家に合わせるのは本意ではないと思う。それは、スタートアップの最大のファクタは「Founderが何を思い、考え、どのような行動を取るか」だと私は思っているからだ。

とするならば、重要なことは、自らがやりたいことにお金が必要なのだとしたら、いろいろなバイアスを除いて本質的に「自分たちを最高の金融商品だと思ってくれるプレイヤー」が誰かを考えることなのだろう。
その結果が意外にも今まで「当たり前」とされていたものとは異なることは十分にあり得ると思って、こんなnoteを書いてみた。